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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1006号 判決

原告 国

右代表者法務大臣 長谷川信

右指定代理人 寶金敏明

同 三代川俊一郎

同 熊倉茂夫

同 中川猪一郎

同 丹下浩

同 大川圭二

被告 株式会社 吉原組

右代表者代表取締役 吉原治

右訴訟代理人弁護士 島田種次

同 浅見精二

同 鈴木善和

主文

一、被告は、原告に対し、金三億四〇〇万円及び内金四〇〇〇万円に対する昭和五三年九月二日から、内金三億円に対する同年一〇月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

三、この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 軽井沢商事の滞納国税について

軽井沢商事株式会社(以下「軽井沢商事」という。)は、昭和五八年三月三〇日現在において、別紙滞納国税目録記載の国税を滞納している。

2. 軽井沢商事の有する不当利得返還請求権について(以下(一)ないし(四)は選択的主張)

(一)(1)  軽井沢商事は、昭和五三年九月一日、藤沢建設株式会社(以下「藤沢建設」という。)に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下両者を合わせて「本件不動産」という。)を代金四億五二〇〇万円で売り渡した。

なお、軽井沢商事(代表取締役吉原治)、被告、株式会社ダッカス(以下「ダッカス」という。)の代理人服部博及び藤沢建設は、同日、被告がダッカスに軽井沢商事の株式を代金三億四〇〇〇万円で売り渡す旨の契約書及びダッカスが藤沢建設に本件不動産を代金四億五二〇〇万円で売り渡す旨の契約書を作成しているが、右各契約書は軽井沢商事の租税回避目的で取引を仮想するために作成されたものであり、当事者の意思の検討から、軽井沢商事から藤沢建設への本件不動産の売買が本件取引の実体であると解すべきである。

(2) 藤沢建設は、軽井沢商事に対し、本件不動産の売買代金として、右同日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を含む一億二六〇〇万円を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)を含む三億二六〇〇万円をそれぞれ交付した。しかるに、被告は、右各期日に右各小切手の交付を受け、もって、被告は、右各小切手金合計三億四〇〇〇万円を取得した。

(3) 右各小切手は、軽井沢商事の取得すべきものであるにもかかわらず、被告が右各小切手金を取得したため、軽井沢商事は、右小切手金と同額の損失を被った。

仮に、藤沢建設が右各小切手を交付した相手方が被告従業員の岩下光男であり、軽井沢商事でなかったとしても、藤沢建設は岩下が軽井沢商事の役員又は従業員であると信じていたのであるから、藤沢建設の小切手の交付は、債権の準占有者に対する弁済として有効であり、軽井沢商事の藤沢建設に対する売買代金債権は消滅したから、軽井沢商事は、右小切手金と同額の損失を被った。

よって、軽井沢商事は、被告に対し、三億四〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有する。

(二)(1)  被告、ダッカスの代理人服部博、藤沢建設及び軽井沢商事(代表取締役吉原治)は、昭和五三年九月一日、次のとおり契約を締結した。

① 被告は、ダッカスに対し、軽井沢商事の株式を代金三億四〇〇〇万円で売り渡す。

② ダッカスは、藤沢建設に対し、本件不動産を代金四億五二〇〇万円で売り渡す。

③ 軽井沢商事は、右②の売買契約を承諾する。

(2) 藤沢建設は、ダッカスの代理人服部博に対し、本件不動産の売買代金として、右同日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を含む一億二六〇〇万円を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)を含む三億二六〇〇万円をそれぞれ交付し、ダッカスの代理人服部博は、被告に対し、本件株式売買代金として、右各期日に右各小切手をそれぞれ交付し、もって、被告は、右各小切手金合計三億四〇〇〇万円を取得した。

(3) ところで、前記(1)の契約において、ダッカスは、軽井沢商事所有の本件不動産を売り渡し、軽井沢商事が右売買契約を承諾したにもかかわらず、その売買代金四億五二〇〇万円を軽井沢商事に引き渡す合意がなく、ダッカスは、軽井沢商事との間で同額を不当に利得しているものであるから、軽井沢商事は、ダッカスに対し、同額の不当利得返還請求権を有する。

しかるに、ダッカスは、無資力の会社であり弁済能力はないにもかかわらず、藤沢建設から受領した小切手金合計三億四〇〇〇万円を被告に交付し、もって軽井沢商事のダッカスに対する不当利得返還請求権を無価値とした。

よって、軽井沢商事は、被告に対し、転用物訴権に基づき、三億四〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有する。

(三)(1)  ダッカスの代理人服部博は、昭和五三年九月一日、藤沢建設に対し、軽井沢商事所有の本件不動産を代金四億五二〇〇万円で売り渡した。

(2)(イ) 軽井沢商事は、同日、右売買契約の追認又は承認をした。

(ロ) 仮に、右(イ)の事実が認められないとしても、軽井沢商事は、同年一〇月二日、本件不動産につき、藤沢建設に対する所有権移転登記手続を行い、もって右売買契約の追認をした。

(3) 藤沢建設は、ダッカスの代理人服部博に対し、本件不動産の売買代金として、同年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を含む一億二六〇〇万円を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)を含む三億二六〇〇万円をそれぞれ交付した。そして、ダッカスの代理人服部博は、被告に対し、右各期日に右各小切手をそれぞれ交付し、もって、被告は、右各小切手金合計三億四〇〇〇万円を取得した。

(4) 右各小切手金は、前記(1)の本件不動産の売買代金であり、ダッカスは、前記(3)の弁済当時、無資力の会社で右小切手金が唯一の資産であったから、右小切手金は、社会通念上軽井沢商事のものである。ところが、右のとおり、被告が右各小切手金を取得したため、軽井沢商事は、右各小切手金と同額の損失を被った。

よって、軽井沢商事は、被告に対し、三億四〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有する。

(四)(1)  ダッカスの代理人服部博は、昭和五三年九月一日、軽井沢商事を代理して、藤沢建設に対し、軽井沢商事所有の本件不動産を代金四億五二〇〇万円で売り渡した。

(2)(イ) 軽井沢商事は、右契約締結に先立ち、服部に対し、右売買契約締結の代理権を授与した。

(ロ) 仮に、右事実が認められないとしても、軽井沢商事は、同日、右売買契約の追認をした。

(ハ) 仮に、右(イ)、(ロ)の事実が認められないとしても、軽井沢商事は、同年一〇月二日、本件不動産につき藤沢建設に対する所有権移転登記手続を行い、もって右売買契約の追認をした。

(3) 藤沢建設は、ダッカスの代理人服部博に対し、本件不動産の売買代金として、同年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を含む一億二六〇〇万円を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)を含む三億二六〇〇万円をそれぞれ交付した。そして、ダッカスの代理人服部博は、被告に対し、右各期日に右各小切手をそれぞれ交付し、もって、被告は、右各小切手金合計三億四〇〇〇万円を取得した。

(4) 右各小切手金は、ダッカスが軽井沢商事の代理人として藤沢建設から受領したものであるから、右小切手金は、本人である軽井沢商事が取得すべきものである。右のとおり、被告が右各小切手金を取得したため、軽井沢商事は、右各小切手金と同額の損失を被った。

よって、軽井沢商事は、被告に対し、三億四〇〇〇万円の不当利得返還請求権を有する。

3. 原告の取立権

原告は、国税徴収法六二条に基づき、軽井沢商事の前記1の国税につき、昭和五八年三月三〇日、被告に対し、軽井沢商事の被告に対する前記2の不当利得返還請求権を差し押えて、履行期限を即時とする旨の債権差押通知書を送達した。なお、同法五四条二号に基づき、同年四月二日、軽井沢商事代表取締役秋田公亨に対し、差押調書謄本を普通郵便にて発送した。

4. よって、原告は、被告に対し、国税徴収法六七条一項に基づき、三億四〇〇〇万円及び内金四〇〇〇万円に対する被告が同小切手金を取得した日の翌日である昭和五三年九月二日から、内金三億円に対する被告が同小切手金を取得した日の翌日である同年一〇月一日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1(滞納会社の滞納国税)の事実は、不知。

2.(一)(1) 同2(一)(1)(本件不動産の売買契約)の事実のうち、昭和五三年九月一日現在において、被告が軽井沢商事の全株式の所有者であって、吉原治が軽井沢商事の代表取締役であったことは認め、その余の事実は否認する。吉原治は、同日、軽井沢商事の代表取締役として本件不動産売買契約を締結したことはない。

被告は、藤沢建設に対する軽井沢商事の株式の売買契約を準備していたところ、藤沢建設の都合で軽井沢商事の株式の買主がダッカスに変更になったとの認識のもとに、ダッカスに対し、軽井沢商事の株式を売り渡しただけであり、ダッカスから藤沢建設に対する本件不動産の売買契約については、被告はなんら関知していない。

(2) 同2(一)(2)(被告の小切手取得)の事実のうち、被告が、昭和五三年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)をそれぞれ取得したことは認め、その余は否認する。

(3) 同2(一)(3)の(不当利得返還請求権)の事実は否認する。

仮に、本件不動産の売買契約が存在するとしても、軽井沢商事は、藤沢建設から売買代金の弁済を受けていないから、藤沢建設に対する売買代金請求権を有するのであり、軽井沢商事には損失は発生していない。

仮に、軽井沢商事に損失が発生しているとしても、後記3のとおり被告はダッカスから小切手を受け取ったものであるから、利得と損失との間に因果関係がない。

(二)(1) 同2(二)(1)(本件不動産及び本件株式の売買契約)の事実のうち、昭和五三年九月一日現在において、被告が軽井沢商事の全株式の所有者であって、吉原治が軽井沢商事の代表取締役であったこと及び被告がダッカスに対し軽井沢商事の株式を代金三億四〇〇〇万円で売り渡したことは認め、ダッカスが藤沢建設に対し本件不動産を売り渡したことは不知、その余の事実は否認する。吉原は、同日、軽井沢商事の代表取締役として本件不動産売買契約についての承諾をしたことはない。

被告は、藤沢建設に対する軽井沢商事の株式の売買契約を準備していたところ、藤沢建設の都合で軽井沢商事の株式の買主がダッカスに変更になったとの認識のもとに、ダッカスに対し、軽井沢商事の株式を売り渡しただけであり、ダッカスから藤沢建設に対する本件不動産の売買契約については、被告はなんら関知していない。

(2) 同2(二)(2)(被告の小切手取得)の事実のうち、被告が、昭和五三年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)をそれぞれ取得したことは認め、その余は不知。

(3) 同2(二)(3)(不当利得返還請求権)の事実は否認する。

(三)(1) 同2(三)(1)(本件不動産の売買契約)の事実は不知。

(2) 同2(三)(2)(軽井沢商事の追認又は承認)の事実は否認する。

(3) 同2(三)(3)(被告の小切手取得)の事実のうち、被告が、昭和五三年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)をそれぞれ取得したことは認め、その余は不知。

(4) 同2(三)(4)(不当利得返還請求権)の事実は否認する。

(四)(1) 同2(四)(1)(本件不動産の売買契約)の事実は不知。

(2) 同2(四)(2)(軽井沢商事の授権又は追認)の事実は否認する。

(3) 同2(四)(3)(被告の小切手取得)の事実のうち、被告が、昭和五三年九月一日に額面四〇〇〇万円の小切手(振出人藤沢建設)を、同月三〇日に額面三億円の小切手(振出人平和相互銀行)をそれぞれ取得したことは認め、その余は不知。

(4) 同2(四)(4)(不当利得返還請求権)の事実は否認する。

(五) 同2(二)ないし(四)の選択的主張は、故意又は重大なる過失により時機に後れて提出した攻撃又は防禦の方法で、そのために訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されるべきである。

3. 請求原因3(債権差押通知書の送達)の事実は認める。

しかしながら、国税徴収法五四条所定の「交付」とは、国税通則法一二条所定の「交付送達」を指し、「郵便による送達」を含まないところ、原告は、軽井沢商事に対し、差押調書謄本の交付送達の手続をとっていないから、取立権は発生しない。

また、請求原因2(二)ないし(四)の選択的主張に係る不当利得返還請求権は、本件差押に係る不当利得返還請求権と同一性を欠くので、取立権は発生しない。

三、抗弁

被告は、昭和五三年九月一日、ダッカスに対し、軽井沢商事の全株式(以下「本件株式」という。)を、代金三億四〇〇〇万円で売り渡した(以下「本件株式売買契約」という。)。本件各小切手は右代金としてダッカスから受け取ったものである。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は、否認する。

五、再抗弁(以下1、2は、選択的主張)

1. 本件株式売買契約は、虚偽表示であるから無効である。

ダッカスは、多額の欠損金を抱え、債権者に追われて代表者の所存も必ずしも分明でない事実上の倒産会社で、営業活動も行っていない登記簿上だけの存在であり、売買代金が授受された取引に代表者が全く関与せず、自らは売買代金の出捐もせず、買い受けた株式その他の書類の認識もしないうえ、株式買受けの後も営業活動は一切行わず、株式を取得する能力も会社を経営する意思も全くなく、単に本件取引に形式的に関与し、いくばくかの報酬を得られればよいとするものであって、株式買取りの意思を有しない。

被告は、本件株式売買契約に引き続き、ダッカスと藤沢建設との間で本件不動産の売買契約を締結したこととし、本件不動産の売買代金をそのまま株式売買代金名下に取得することを可能にする一方、繰越欠損金を持つダッカスを介在させることによって本件不動産の売買による利益を吸収させ、租税負担を回避することを目的として、ダッカスとの間で本件株式売買契約を仮装することを合意したのである。

2. 被告は、右各小切手をダッカスから受け取った際、右各小切手は、本件不動産の売買代金として軽井沢商事が取得すべきものであることを知り又は重大な過失により知らなかった。

したがって、被告の右各小切手の取得は、軽井沢商事に対する関係においては、法律上の原因がない(最高裁昭和四九年九月二六日第一小法廷判決・民集二八巻六号一二四三頁参照)。

六、再抗弁に対する認否

再抗弁事実は、いずれも否認する。

1. (虚偽表示)について

(一)  本件株式売買契約において、被告は本件株式をダッカスに売る意思をもって、ダッカスは被告から右株式を買う意思をもって真に売買契約を締結することに合意したのである。

被告は、右契約に基づき、ダッカスに対し、軽井沢商事の株券、合計約一〇〇〇万円の現金及び預金、本件不動産の登記済権利証、帳簿、書類、「念書」等を引き渡している。また、軽井沢商事の役員についても、被告関係者からダッカス関係者へ変更登記手続がされている。

ダッカスは、多額の負債を抱えていたとはいえ、それを返済し、再建に向かって努力をしていた会社であって、実体のない会社でもなければ、休眠会社でもない。

(二)  被告は、本件株式売買契約に先立って、国際興業株式会社から三億四〇〇〇万円で本件株式を買い受けていたものであるところ、本件不動産を売却して右資金を回収しようとすれば、軽井沢商事の取得した売買代金を被告に帰属させるためには、被告が軽井沢商事を合併するか、軽井沢商事を解散して株主として清算金を受け取るほかないが、いずれの方法によっても、本件不動産の譲渡利益に対する法人税を考慮すると、資金の回収は困難である。それゆえ、被告は、軽井沢商事の株式を売却して資金の回収を図ったものであり、脱税を企図して株式譲渡を仮装したものではない。

(三)  実質的に考えても、仮に、本件株式売買契約が無効であるとすれば、被告はダッカスに株式の売買代金う返還し、ダッカスは被告に株券を返還する義務を負うことになるが、被告は返還を受けるべき株券は、本件株式売買契約当時の価値のあるものでなければならない。しかるに、軽井沢商事の株式は、軽井沢商事が本件不動産を所有している限りにおいて財産的価値を有するところ、本件不動産は、軽井沢商事から売却され、藤沢建設によりすでにマンション敷地として分譲されているので、被告は、ダッカスから本件株式売買契約当時の価値のある株券の返還を受けることができない。株券の返還を受け得ない以上、ダッカスに対し売買代金の返還を強制されることもなく、この点では、被告に特段の損益も生じない。しかしながら、軽井沢商事からの不当利得返還請求権が認められるとすれば、被告が有していた軽井沢商事の株式という三億四〇〇〇万円の資産そのものが無に帰するのと何ら変わることのない不当な結果が生じる。

2. (悪意・重過失)について

被告は、藤沢建設に対する軽井沢商事の株式の売買契約を準備していたところ、藤沢建設の都合で軽井沢商事の株式の買主がダッカスに変更になったとの認識のもとに、ダッカスに対し、軽井沢商事の株式を売り渡しただけである。軽井沢商事とダッカスとの間及びダッカスと藤沢建設との間の本件不動産の各売買契約については、被告は何ら関知していない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、成立に争いのない甲第一号証によれば、請求原因1(軽井沢商事の滞納国税)の事実を認めることができる。

二、本件取引の経緯について

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1. 軽井沢商事は、昭和四八年一二月二一日、資本金一億二五〇〇万円で設立され、昭和四九年三月二六日に増資により資本金二億円となった株式会社であるが、同年二月一三日、室町産業株式会社から本件不動産を取得したほかは、全く営業活動をすることのなかった休眠会社である。

2. 被告は、かねてから都内にマンション建設用地を物色していたところ、軽井沢商事の株主となり、軽井沢商事を実質的に支配することにより本件不動産を運用しようと考え、昭和五二年一二月二六日、国際興業株式会社から軽井沢商事の全株式四〇万株を三億四〇〇〇万円で買い受けた。そして、昭和五三年二月一〇日、被告代表取締役吉原治が軽井沢商事の代表取締役に、また、吉原勇ら被告取締役の一部が軽井沢商事の取締役に、被告取締役森脇崧と被告従業員岩下光男(以下「岩下」という。)が軽井沢商事の監査役にそれぞれ就任し、その旨の変更登記を経由し、同月一五日には軽井沢商事の本店を被告の本店と同一地に移転し、その旨の登記を経由した。

3. 被告は、当初、被告が本件土地上にマンションを建築し、軽井沢商事がその分譲をするという内容の「バルミー市ヶ谷マンション事業計画」と題するマンション建設・販売計画を企図していたが、地元住民からのマンション建設についての強い反対に会い、右計画は実現に至らなかった。その間、被告は、地元住民の希望もあり、同年五月ころから、新宿区との間において、本件不動産を公共用地として新宿区に売却する交渉を重ね、売買価格として被告は免税措置を受けることができることを前提として坪当たり一〇〇万円(合計約四億一六二二万円)を希望したが、新宿区は、一平方メートル当たり二七万二〇〇〇円(合計約三億七三六〇万円)を提示し、双方の希望価格に開きがあったうえ、右売買につき租税特別措置法上の特別控除が受けられないことが明らかになって、本件不動産の売買について合意は得られなかった。更に、被告は、新宿区に対し、本件株式の売却を申し入れたが、これも新宿区の受け入れるところとならなかった。

4. そこで、被告は、株式会社興和地所の代表取締役山本源吾(以下「山本」という。)らに本件不動産の所有者である軽井沢商事の本件株式の買受人を探すよう依頼した。山本は、有限会社大屋地所の大屋隆(以下「大屋」という。)に対し、この情報を持ち込み、大屋は、その取引先である藤沢建設に本件株式の買取方を打診した。被告は、昭和五三年七月末ころ、山本を通じて、藤沢建設が本件不動産を買い受けたい旨の意向を持っていることを知ったが、被告としては、本件不動産を売却したのではその代金を直接被告が取得することができず、これを被告が取得するためには軽井沢商事を解散する等の手続を採る必要があり、また、軽井沢商事においてその取得価格を超える金額で本件不動産を売却すれば、その譲渡益に対して法人税が課せられ、右売買代金額によっては、たとえ軽井沢商事を解散しても被告において支払った本件株式買取代金三億四〇〇〇万円を回収することができなくなることから、軽井沢商事の本件株式の売買であればともかく、本件不動産の売買には応じることができないとして、藤沢建設からの右買受けの申出を受け入れなかった。そこで、大屋は、藤沢建設の常務取締役野原千秋(以下「野原」という。)に対し、被告所有の本件株式を、代金四億二〇〇〇万円で売買するとの取引条件を示して斡旋し、その承諾を求めたが、野原は、売買代金の中に領収書を受領できない裏金八〇〇〇万円が含まれていること、本件株式を購入した場合には、本件不動産の所有名義を藤沢建設に変更すれば課税の問題を生ずることとなる一方、軽井沢商事の名義のままで本件土地上にマンションを建設すれば土地の名義と建物の名義とが異なることとなって不都合であることから、本件株式の買取りを拒んだ。

5. そこで、大屋は、知人の紹介に係る服部博税理士(以下「服部」という。)に対し、昭和五三年七月下旬から八月初旬ころの間に、本件株式の売買を内容とする被告の要望と本件不動産のみの売買を内容とする藤沢建設の要望のいずれをも満たす取引方法について相談したところ、服部は、「軽井沢商事の全株式を被告の取得価格と同額で第三者会社に売却し、同社から本件不動産のみを藤沢建設に売却する。その際、藤沢建設に本件不動産を売却することによる税金問題を回避するため、その第三者会社としては欠損金のあるものを選んで、分離課税分以外の法人税の対象となる譲渡利益を吸収させる。」旨の基本方針を示した。これに対し、大屋は、被告及び藤沢建設の意を受け、右基本方針に従って実施して欲しい旨の回答を行った。そこで、服部は、右の第三者会社として、昭和五〇年末ころ倒産し、昭和五三年二月期決算で五億円の繰越欠損金を抱えており、服部がその債務整理を含めた再建事業を遂行していたダッカスを選び、同社の代表取締役であった竹見博男(以下「竹見」という。)から右方針についての了解を得た。一方、服部は、被告従業員兼軽井沢商事監査役であった岩下から軽井沢商事の会社内容、軽井沢商事の有する預金、帳簿書類及び株券等について数回電話でその内容を聴取するとともに、同人から軽井沢商事の帳簿類、登記簿謄本を受領した。そして、同月二七日ころ、岩下、野原、服部、大屋らは、藤沢建設の応接室において、右の取引についての最終的打合わせを行い、被告と藤沢建設との間の取引にダッカスを介入させ、被告が軽井沢商事の株式をダッカスに譲渡する契約及びダッカスが藤沢建設に本件不動産を譲渡する契約を締結することを確認するとともに、本件株式売買契約の売買代金を、被告の株式取得価額と同額の三億四〇〇〇万円とし、本件不動産売買契約の売買代金を、右株式売買代金に、吉原治に対するリベート八〇〇〇万円、ダッカスの繰越欠損金で吸収できない不動産の短期譲渡に伴う分離課税分二〇〇〇万円及び仲介手数料一二〇〇万円を加算した合計四億五二〇〇万円とすることを合意した。また、服部及び大屋は、野原に対し、被告と藤沢建設との取引にダッカスを介入させることによって、ダッカスの繰越欠損金五億円の枠を税金対策に利用することになり、かかる取引方法によって生ずる両譲渡価額の差額の五パーセント相当分である五〇〇万円をダッカスに対する報酬金として支払ってもらいたいとの申入れをなし、野原は、これを承諾した(右の一連の取引を「本件取引」という。)。

6. 被告代表取締役兼軽井沢商事代表取締役吉原治、被告取締役兼軽井沢商事取締役吉原勇、被告従業員兼軽井沢商事監査役岩下光男、被告従業員高瀬正則、藤沢建設取締役野原千秋、服部、山本、大屋らは、同年九月一日午前一一時ころ、大光相互銀行池袋支店において、本件取引を行った。その際、ダッカスの代表取締役である竹見は、その場には出席せずに付近の喫茶店で待機し、服部が、あらかじめ竹見から本件取引についての代理権を授与されていた。そして、被告がダッカスに対し軽井沢商事の全株式を三億四〇〇〇万円で譲渡する旨の本件株式売買の契約書が作成され、被告から、服部に対し、その旨を記載した株式譲渡証が交付された。また、服部と野原とは、いったんダッカスが藤沢建設に対し本件不動産を四億五二〇〇万円で譲渡する旨の本件不動産売買契約書を作成したが、藤沢建設が株式会社日交開発と共同で買い入れる形を取りたいと申し出たため、その翌日に、買主欄に株式会社日交開発が加わった同内容の契約書が改めて作成された。そして、右各契約を前提として、本件不動産売買契約の手付金一億二六〇〇万円の一部としていずれも藤沢建設振出に係る額面四〇〇〇万円及び六〇〇万円の小切手二通が野原から服部に対し、本件株式売買代金の内金として額面四〇〇〇万円の右小切手が服部から吉原治、吉原勇、岩下及び高瀬らに対し、仲介手数料の二分の一として額面六〇〇万円の右小切手が服部から山本に対し、それぞれ交付され、本件不動産売買契約の手付金の残金である金八〇〇〇万円については、現金が野原から吉原治に直接交付された。その後、服部は、藤沢建設の野原に対し、ダッカス作成名義の一億二六〇〇万円の領収書を交付した。

7. 服部は、同月五日、新潟県長岡市を訪れ、新潟地方法務局長岡支局において、代表取締役吉原治の退任、取締役吉原治及び吉原勇ら、監査役森脇崧及び同岩下光男の辞任並びに代表取締役秋田公亨及び取締役沼舘睦らの就任を内容とする軽井沢商事の役員変更登記手続を行った。

8. 岩下、高瀬、野原、服部、大屋、山本及び司法書士木内齋は、同月三〇日、第四銀行池袋支店において、本件取引の最終決済を行った。本件不動産売買残代金としていずれも平和相互銀行の振出に係る額面三億円、二〇〇〇万円及び六〇〇万円の各小切手が野原から服部に対し、本件株式売買残代金として額面三億円の右小切手が服部から岩下及び高瀬に対し、また、仲介手数料残金として額面六〇〇万円の右小切手が服部から山本に対し、それぞれ交付され、岩下及び山本から服部に対しダッカス宛の本件株式売買代金の領収書が交付された。また、本件不動産の所有権移転登記手続のための必要書類が作成され、木内司法書士に交付された。なお、右書類によれば、本件不動産の登記義務者は軽井沢商事、登記権利者は藤沢建設及び日交開発とされている。その際、服部は、岩下から軽井沢商事の株券、代表者印等を風呂敷包みで受け取ったが、その場で中身の確認はしていない。

9. 被告は同年九月二日に額面四〇〇〇万円の本件小切手を、一〇月二日に額面三億円の本件小切手をそれぞれ支払呈示して、自己の預金口座に同額の振込みを得た。

本件不動産については、同年一〇月二日、軽井沢商事から藤沢建設及び日交開発への所有権移転登記が経由された。

10. 服部は、同年一一月三〇日、竹見に対し、軽井沢商事の株券、帳簿、預金、印鑑等を引き渡したが、その後、軽井沢商事は、本店を移転したほかは一切の営業活動もせず、利益配当、解散等の手続もとっていない。

また、藤沢建設は、本件不動産上にマンションを建築してこれを分譲したが、これに対し、軽井沢商事からなんらの異議も述べられたことがない。

乙第二〇号証、証人服部博及び同岩下光男の各証言のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用することができない。

三、不当利得返還請求権について

1. 前記二に認定したとおり、ダッカス代表取締役竹見博男は、自ら本件取引及びそのための打合わせに出席したことがなく、ダッカスは、売買代金等契約の要素の決定になんら関与していないこと、本件取引に先立ち、ダッカスと軽井沢商事との間で本件不動産取得のための交渉が行われたことはなく、本件取引以後も、右両者間で本件不動産について売買契約が締結されたことはないこと、ダッカスが本件取引に関与するに至ったのは、被告がダッカスに本件株式を、ダッカスが藤沢建設に本件不動産をそれぞれ譲渡する形式を採ることにより、本件株式の売却を求める被告と本件不動産自体の買受けを求める藤沢建設の各要望を満たす一方、本件不動産をダッカスが藤沢建設に売却する形式を採ることにより、これにより発生する不動産譲渡益をダッカスの繰越欠損金で吸収し、右不動産譲渡益に対する課税を回避するためであったこと、本件取引の計画によれば本件不動産の売買代金四億五二〇〇万円はダッカスの手元に全く残らない計算となる一方、ダッカスには本件取引に関与することによる報酬が右売買代金と別途に定められていること、本件不動産の所有権者はもともと軽井沢商事であり、登記上も、軽井沢商事から藤沢建設へ直接所有権移転登記がされていることを合わせ考えれば、本件不動産売買契約書上は、ダッカスが売主とされているものの、ダッカスが、藤沢建設との売買契約の当事者として本件不動産の所有者である軽井沢商事からその所有権を取得する義務を負担する一方、自ら売買代金を受領する権利を取得する意思、すなわち自らのためにする意思を有していたと認めることはできず、契約締結に際して専ら軽井沢商事のためにする意思であったものというべきである。

また、本件取引に至る前記二の経緯からすれば、本件不動産の所有者が軽井沢商事であり、本件取引でもともとダッカスが軽井沢商事から本件不動産を取得することは予定されていないこと、ダッカスに支払う売買代金はダッカスの手元には残らない計算であり、ダッカスは本件取引に関与することによる報酬のみを受けることを藤沢建設取締役野原千秋としては、十分理解していたのであり、したがって、藤沢建設としても、契約書上は、ダッカスとの間で売買契約を締結し、藤沢建設はダッカスに対して売買代金を払うこととされているものの、本件取引に関する契約締結に際し、ダッカスが自己のためではなく専ら軽井沢商事のためにする意思を有するものであることを前提にしていたものというべきである。

2. 次に、昭和五三年九月一日の前記取引に軽井沢商事の代表取締役である吉原治が出席し、同人は、現金八〇〇〇万円を直接本件不動産の買主である藤沢建設の野原から受領しており、本件不動産売買代金の一部として服部が野原から受領した額面四〇〇〇万円の小切手も服部から受領していること、同月三〇日に作成された本件不動産の所有権移転登記申請書では、軽井沢商事が登記義務者、藤沢建設が登記権利者とされていること、同日、右所有権移転登記手続に必要な軽井沢商事名義の書類が司法書士木内斎に交付されていること、同年一〇月二日に本件不動産について軽井沢商事から藤沢建設に対する所有権移転登記が経由され、その後、藤沢建設は本件土地上にマンションを建設してこれを分譲しているが、軽井沢商事がこれに対しなんらの異議を述べたことはないことは、前認定のとおりであり、これらを総合すれば、軽井沢商事は、前記1のとおりダッカスが藤沢建設との間で軽井沢商事のためにする意思で締結した本件不動産売買契約に同意し又はこれを追認していたものというべきである。

3. 以上によれば、請求原因2(四)のとおり、軽井沢商事と藤沢建設との間に本件不動産についての売買契約の効力を生ずることとなり、ダッカス代理人服部は、軽井沢商事のために本件各小切手を受領したのであって、右各小切手は、軽井沢商事に帰属すべきものというべきである。しかるに、被告は、前記認定の経緯で、服部から右各小切手の交付を受け、これを支払のため呈示して右各小切手金の支払を受けたのであるから、被告は、右各小切手金を取得して利益を得、他方、軽井沢商事は、右各小切手金と同額の損失を被ったものであり、その間に直接の因果関係が存するものというべきである。

4. なお、被告は、請求原因2(二)ないし(四)の選択的主張は時機に後れた攻撃防禦方法として却下されるべきである旨主張する。しかしながら、時機に後れた攻撃防禦方法であることを理由として主張を却下するためには、その主張を審理するために具体的に訴訟の完結を遅延せしめる結果を招来する場合でなければならないところ、原告の右選択的主張は、すでに実施された証拠調べの結果に基づき従前の主張と異なる法的観点からの主張を付加するものにすぎず、そのため特段の証拠調べを要するものではなく、訴訟の完結を遅延せしめるものとはいえない。したがって、被告の右主張は採用することができない。

四、請求原因3(原告の取立権)の事実は、当事者間に争いがない。

ところで、国税徴収法六七条に基づく取立権の発生には滞納者に対する差押調書謄本の交付が必要であるところ(同法五四条)、被告は、同条所定の「交付」は「郵便による送達」を含まず、本件において滞納者である軽井沢商事は差押調書謄本の交付を受けていないから取立権は発生しない旨主張する。しかしながら、国税通則法一二条が、税務官庁が発する書類の送達方法として、「交付送達」と並んで、「郵便による送達」を認めているのは、税務関係の書類で送達すべきものが多数存在し、これらにつきすべて税務官庁の職員により交付送達を実施するのは煩雑であるばかりでなく、多くの人員と費用を要する結果となる反面、現在の郵便制度の整備状況からすれば、郵便による送達を以てすれば、大量に迅速、確実かつ低廉な送達が可能であるので、国及び納税者にとって簡単な方法で書類の送達の効果を確保しようする趣旨に基づくものであること及び国税徴収法五四条が「交付」と規定しているものの、「交付送達」とは限定していないことからすると、同条所定の「交付」は、「交付送達」のほか国税通則法一二条に定める「郵便による送達」を含むものというべきである。したがって、被告の右主張は失当というほかない。

また、被告は、請求原因2(二)ないし(四)の選択的主張に係る不当利得返還請求権が、差押に係る不当利得返還請求権と同一性を欠き、取立権は発生しない旨主張するが、さきに認定したとおり、軽井沢商事は、ダッカスが代理人として締結した売買契約に同意し又はこれを追認したのであり、軽井沢商事と藤沢建設との間に売買契約の効力が生ずるというべきであって、差押調書記載の被差押債権発生原因事実となんら事実を異にするものではないから、被告の右主張は採用するに由ない。

五、抗弁について

被告が、昭和五三年九月一日、ダッカスとの間で、ダッカスに対し売買代金三億四〇〇〇万円で本件株式を売渡す旨の売買契約を締結し、ダッカスの代理人である服部から右株式売買代金として、同日に額面四〇〇〇万円の小切手の、同月三〇日に額面三億円の小切手の交付を受けたことは、さきに二において認定したとおりである。

六、再抗弁について

前記二において認定したとおり、ダッカスは、本件株式売買契約締結に際し、株価の決定になんら関与していないこと、本件株式売却価額は、株価の決定についての実質的な検討はなんら行われずに、被告の株式取得価額と同額に定められたこと、ダッカスは、繰越欠損金約五億円を抱える会社であって、株式売買代金を支払う資力を全く有しないこと、ダッカスは、本件株式の売却を求める被告の要望と本件不動産自体の取得を求める藤沢建設の要望とを調整し、かつ、租税負担を回避する手段として服部の発案に基づき、本件取引に介入したにすぎず、ダッカスとしては本件取引に介入することによる報酬を取得することに専ら関心があったこと、ダッカス代表取締役竹見博男は、本件株式売買契約の締結に際し、取引場所である大光相互銀行池袋支店の近くまで来ていながら、自らは本件取引には出席しなかったこと、本件株式売買契約締結後、軽井沢商事の本店を移転し、役員を秋田らに変更する登記が経由されたものの、現在に至るまで軽井沢商事は、営業活動をなんらしておらず、ダッカスが軽井沢商事の株主としての活動を行ったなんらかの形跡を見出すことはできないことにかんがみ、かつ、前掲甲第三二、第四〇号証及び証人服部博の証言に照らせば、軽井沢商事の本件株式の譲渡は、真実ダッカスが右株式を買い受けて軽井沢商事の株主となり、その経営上の権限を取得しようとの目的に出たものではなく、軽井沢商事所有の本件不動産を売却してその代金を被告に取得させるための方途として本件株式の売買を仮装したものとみるほかない。株券等の授受が現実に行われたことは、前記二8認定のとおりであるが、この事実によっても右認定判断を左右するものではない。

したがって、被告とダッカスとの間の本件株式売買契約は、通謀虚偽表示に基づくものとして無効であるというべきである。

なお、被告は、本件株式売買契約が無効であるとすれば、ダッカスが被告に株券を返還する義務を負うことになるが、軽井沢商事は本件不動産の所有権を喪失しており、本件株式は売買契約当時の価値を有しないので、本件不当利得返還請求が認められると被告の有していた軽井沢商事の株式という三億四〇〇〇万円の資産そのものが無に帰することとなり不当である旨主張する。なるほど、軽井沢商事が本件不動産の所有権を喪失していることは原告主張のとおりであるが、他方、軽井沢商事は被告に対し本件各小切手金の不当利得返還請求権を取得しているのであるから、本件株式が売買契約当時の価値を有しないということはできず、被告の右主張は採用することができない。

また、被告は、軽井沢商事が藤沢建設から本件不動産売買代金の支払を受けていないから、原告としては軽井沢商事の藤沢建設に対する本件不動産売買代金請求権を差し押さえて取り立てれば足りる旨主張する。しかしながら、前記三3に判示したとおり、藤沢建設はダッカス代理人服部に対して本件各小切手を交付したところ、ダッカスは軽井沢商事のために右各小切手を受領したのであり、軽井沢商事はダッカスの行為に同意し又はこれを追認したというべきであるから、軽井沢商事の藤沢建設に対する本件不動産売買代金請求権はすでに消滅したというほかなく、被告の右主張は採用することができない。

よって、結局、再抗弁は理由がある。

八、結論

以上説示のとおりであって、被告は、本件各小切手を取得すべき法律上の原因が存在しないにもかかわらず、これを取得して三億四〇〇〇万円の支払を受け、同額の金員を利得している一方、軽井沢商事は、自己に帰属すべき本件各小切手を喪失し、右同額の損失を被っており、右利得と損失との間には直接の因果関係があると認められるから、軽井沢商事は、被告に対し、右同額の不当利得返還請求権を有するというべきである。したがって、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用について民訴法八九条を、仮執行宣言について同条一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤和夫 裁判官 西謙二 鹿子木康)

〈以下省略〉

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